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  • 2011.04.22 Friday
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今日で1ヶ月

去年の今くらいは、脱線事故の影響で代行バスに乗ってひたすらSPNのこと考えてたな

まさかその日に日本最大の大地震にあうだなんて、夢にも思ってなかった


地震があった時、会社の手洗いに一人でいてさ
あまりの揺れに「これは新たなアトラクションか?」と現実逃避したの覚えてる

廊下で事務の人達が「怖い怖い!」と悲鳴上げてるの聞いてまじ恐怖感煽られたわ

流石に手洗いにいつまでも籠もってるのは危ないな、って思って廊下に出て目の前の階段降りてる時、揺れで壁にガツガツ体当たりする羽目になったわ


一階に降りて出入りを見たら上司が「早く出て」ってドア押さえてたからすぐさま出たんだけど「携帯は?」「あ、中です」「取ってきな。家に電話した方がいいから」って事でUターン
その時は揺れも納まってたから良かったよ。じゃなきゃ会社の中に戻れるもんか


携帯で家族と連絡を取ろうと試しつつ、会社中の人で集まって近くのTV見てたんだけど、地震後の津波の映像が画面一杯に映されてゾッとした

映画のワンシーンと言われた方が納得できる、って皆口々に言うほど現実離れした映像だったん
生中継だから修正利かないあたりで、もうね


その後は外に出てた営業さんの安否確認と家族に連絡を取ることで精一杯だったな
誰も仕事に戻る気配はない、つか仕事どころじゃないしね。

俺は17時過ぎにやっと自宅と連絡取れて、ばあが出たから「そっちは大丈夫?」
「大丈夫どころでねえよ!そこら中で水吹き出して、ハウスに水入るからってじいちゃんとお父さんと弟は駆けずり回ってんだ。家も傾いちゃったよ!」
今まで聞いた事ない焦りと恐怖が入り混じった声だったから「家傾いた?大丈夫かばあちゃん?」って聞いたら「大丈夫だよ、あ、また揺れてる切るぞ!またかけて!」でガシャンと切られたん

今思えば、会社は震度5だったけど実家は震度6だったもんな
あの後隣の親戚のおばちゃんが帰ってきて、震えが止まったって弟からメールで伝言がきて、一刻も早く家に帰りたいと思ったわ


事務の人達が次々帰る中何人かとJR再開待ちしてたんだけど、地震に警戒して1日運休と言われて、その時ホテル確保してた総務もすべて空振りな。
どこのホテルも満室だったわ

会社で一晩明かすかと覚悟決めてたら、会社の人が家に泊めてくれるって事で好意に甘えてお邪魔してさ、ご飯やお風呂を済ませてからずっと流れてるTVを見たら23時過ぎだったんだけど、ニュースは仕切りに地震に関しての被害を流して「海岸に遺体が200〜300流れ着いている事を確認しました」って聞いた時、現実か?ってひたすら混乱したさ

1日で200〜300も一カ所で亡くなるもんかって思ったよ

でも朝起きても現実はご遺体の数のカウントと被害状況と津波地震の映像ばかり
夜だって地震速報に何度も起こされて眠れたもんじゃなかったよ


その日は帰る手段ないから会社に行って、夜姉さんが成田まで向かうに来てくれるって言うから帰れたよ。
夜道は危ないからって家には帰れなかったけど、姉さん達を見て心底ほっとしたわ

あとは前に書いた通り、実家周りの悲惨さに仕事どころじゃなかったさ




1ヶ月経って、同時よりはだいぶ落ち着いたかな

これから2ヶ月先、3ヶ月先にはもっとよくなってく事を祈ってるよ



被災地の人たちが少しでも早く日常を取り戻せますように!

そして3月11日にお亡くなりになられた方とそのご遺族に心からご冥福お祈り致します。


頑張れ日本!

頑張るぞ茨城県!




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  • 2011.04.22 Friday
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